フランスSV

コルシカ島の羊とヤギ

田中萌香
人間文化課程 2年

混合移牧と羊・ヤギのチーズ

コルシカ島は古代ローマが支配した紀元前3世紀以前からも先住民がヤギの牧畜を行っていました。ヤギの移牧といえば、「アルプスの少女ハイジ」をイメージしますが、コルシカ島の移牧形態とは異なります。アルプスは夏に高山地帯で放牧し、冬季は麓の村で飼育する「正移牧」ですが、コルシカ島のケースは夏季に高山地帯、冬季に海岸地帯という年に2度異なる場所で行う混合移牧(ミックスト・トランスヒューマンス)と呼ばれ、世界的にも珍しい形態です。

コルシカ島には羊だけでなくヤギも多く放牧されています。そのような背景からコルシカ島で作られるチーズはヤギや羊のチーズのみという食文化が生まれました。

コルシカ島のチーズで最も有名な銘柄が、フランスで唯一AOC(原産地呼称統制)認定を受けているフレッシュチーズ、ブロッチュ(Brocciu, Broccio)です。ヤギもしくは羊の乳清から作られます。このブロッチュにはフレッシュタイプと固形タイプがありますが、「ブロッチュ」の名をつけられるのはできてから21日までのフレッシュチーズのみで、固形タイプはブロッチュ・バッス(Brocciu passu)という名称で販売されます。またAOC認定を受けているため、フレッシュチーズは販売の際にファットーデャ(fattoghja)と呼ばれる籐製の籠かプラスチック籠に入れて販売することが義務付けられています。

その他にもブランダムール(Brin d’Amour)という、表面にマキというコルシカ島の低地や海岸地帯に自生している乾燥に強く、ハーブ香がする植物でコーティングした真黒なチーズや、アヴィレッタ(A Filetta)というシダの葉がのせられたチーズ、幼虫の入ったカージュ・メルツ(Casgiu merzu)というチーズも生産されていますが、これらも全て羊かヤギのチーズです。

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野生の羊ムフロン

もう一つ、今回残念ながら見ることができませんでしたが、コルシカ島を代表する羊として「ムフロン」を取り上げます。ムフロンは標高1800m以上の峻厳な岩場に群れをなさずに生息していて低地では見かけることはありません。特徴は全身が長く太い黒っぽい毛におおわれ、オスは何重にも渦を巻いた太くて凛々しい角を持っている点です。非常に大柄ですが岩場から岩場へ身軽に移動することができます。

ムフロンはもともとコルシカに生息していたのではなく、約7000-8000年前にトルコで飼育されていたものが、人間によって地中海の島々(サルデーニャ島、キプロス島など)に持ち込まれ、それが再度野生化したものです。すなわち、今家畜として飼育されている羊の祖先にあたる動物です。欧州および地中海沿岸には野生化したムフロンが多数生育していましたが、近年の乱獲などによって数が激減し、1960年代には全島で100頭以下にまで減少し、絶滅の危機に瀕していました。しかし現在ではEUレベルでの自然環境保護政策により補助金が交付されたことで、ムフロンが生息する山岳地帯にエコミュゼ(環境博物館)と繁殖場を造成することができ、その数は徐々に回復していますが、今も絶滅の危機から脱したわけではありません。

フランスSV2014:ムフロンのオス。多摩動物園で撮影。

ムフロンのオス。多摩動物園で撮影。

このムフロンとコルシカ島を象徴する動物として島民に愛されています。例えば、第一次世界大戦後にコルシカで起きた自治主義運動のグループが刊行していた新聞「アムーブラ」です。この新聞の紋章にはムフロンの顔が使われていました(「アムーブラ」とはコルシカ語で「ムフロン」を意味する)。また現在でも島の旅行会社オッダンディーニ(Ollandini)の社章になるなど、ムフロンはコルシカの象徴的な動物といえます。

体験型牧羊施設「ウ・シュタッツ」

今回のツアーでは、宿のあるポッジョ・ディ・ヴェナコ村を含むコルシカ島中央山岳地方の羊やヤギに関するスポットを訪問しました。一つはこの村にあるウ・シュタッツ(U Stazzu)という羊飼いの経営する農場兼オーベルジュです。ウ・シュタッツは「ようこそ農場へ(Bienvenue à la ferme)」というフランスのアグリツーリズム政策、特に都市と農村との交流を通じた農業や食文化の理解促進と、子どもを中心とする滞在型体験教育のための、フランス全国で6000を超える農家が加盟している組織ですが、コルシカ島内にある26施設の一つです。女主人のグリエルミさんにいろいろお話を聞きたかったのですが、アジャクシオに最近チーズやハム・ソーセージの直営店を開店したために忙しく、残念ながら深い話は出来ませんでした。

「ラナゴルサ」と機織り体験

もう一つは宿から30キロほど北にあるラナゴルサ(Lana Corsa)という、コルシカの羊やヤギの「毛」に関する施設を見学しました。ラナとは羊やヤギの毛から作られた繊維を意味するコルシカ語で、この施設はその名の通りコルシカ羊やヤギの「毛刈り」から「機織り」までに関する民具や品物を展示するエコミュゼ兼土産物屋です。エコミュゼとは、フランス発祥の小さい博物館で、「地域社会の人々の生活と、その自然環境・社会環境の発達過程を史的に探究し、自然遺産および文化遺産を現地において保存し、育成し、展示することをつうじて、当該地域社会の発展に寄与することを目的とする新しい理念を持った博物館(新井重三『実践 エコミュージアム入門』牧野出版より)」です。

使用する羊毛の色の種類の多さに驚きました。4本の板を踏み分けて様々な模様を描くのですが、難しくて何度か間違えてしまいました。綺麗な模様を正確に描くには大変な努力が求められるのではないかと感じました。色や模様の組み合わせで何通りもの製品を作り出せるところが印象に残っています。羊毛の機織りという中々できない貴重な経験ができました。

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コルシカ島では古くから牧畜を行ってきた歴史があり、その背景が現在のコルシカ独特の環境や文化に強い影響を与え続けています。ヤギや羊は家畜という面もある一方でコルシカを象徴する動物であると同時に、コルシカの人々にとっては歴史であり文化であるのではないかと思いました。