カナダSV

多文化共生によって生じる「不自由」

河内山大輝
人間文化課程3年

トロント大学の学生との交流の場を設けてもらった際に出会ったインド系の学生から興味深い話を聞いた。彼はトロントにおける自分の振る舞いにいくらか不自由を感じていたようだった。

多文化主義国家として知られているカナダの都市トロントにはかつて世界各地から様々な文化を持った人々が移住してきた。彼らは同じ民族で集まり現在ではエスニックタウンと呼ばれるコミュニティを形成し、トロントという1つの街で生活している。多数の民族が存在している中で、それぞれが自分たちの文化を維持しつつ生活しているこの状況は多数の人びとの希望を叶えているといえるだろう。しかし、この一見すると理想形ともいえるトロントでの生活にも問題点はあるようだ。

「インド人はインド人らしくするべきだと言われることがある」とインド系の学生は語った。それは、人びとが他と区別される自らの「民族性」を強制されてしまうということだ。周囲が同じ民族集団のみで構成されていた場合、人びとは自らの民族性について意識することは少ない。日本人が、日本語を話すことが自分の個性であると感じることはまずないだろう。個人のアイデンティティと民族性が強く結びつくのは、自分とは容姿も習慣も明らかに異なる他者と対峙したときだ。ここで意識する民族性は外部の影響が強く反映される。他者と異なる存在としての自分たちが強調されるのだ。

カナダSV2014:

トロント市街を散策した際、いくつかのエスニックタウンを訪れた。その境界には明確な仕切りこそないが、ひとたびエスニックタウンに足を踏み入れると街並みが大きく変化する。チャイナタウンでは、看板の文字がアルファベットから漢字に変化し、中国製の陶器を売る店があり、スーパーマーケットには中国人の生活に適したものが置かれ、美容院の店先に並ぶ写真にはアジア系のモデルが映っていた。もちろんチャイナタウン内のすべてが中国を想起させるもので埋め尽くされているというわけではない。当然のことだが、チャイナタウンには中国系以外の人も数多くいた。しかし、区域の内と外では街並みが明らかに変化していた。

この内と外で大きく変化する街並みは、内と外を明確に区別した結果出来上がったものであるように思われた。自分たちが他の民族と異なった存在であるという、そこに住む人びとの意識を反映しているようだった。トロントで様々な人と出会ったが、異なる文化を持つ人びと同士が友人であるということもあった。ただ、同じ民族同士だったり、アジア系の人同士仲が良かったりする場合が多かった。自分と同じか、自分に近い、似ている人と親しい関係になりやすい傾向があったように感じられた。

つまり、集団の中において異質な存在は受け入れられ難いということになる。私が話を聞いたインド系の学生は、インド、中東系の人びとが多く住む街に住んでいた。実は彼自身はキリスト教徒であり、そのことで彼は同じインド系の人から非難を浴びることがあるという。中には、インド人であるなら、ヒンドゥー教を信仰すべきであると考えるインド系の人びとがいるのだという。

民族集団を結びつけるものは自分たちの民族性である。そして、その民族性は他の民族と異なる点が強調され、ときに型にはまったステレオタイプなものとなってしまっているようだ。トロント市街全体をみれば、様々なエスニックタウンが同じ街の中にあり多様な文化を認める寛容な街であるという印象を受けるかもしれない。しかし、エスニックタウン1つに注目すると、そのコミュニティ内には所属する人びとの振る舞いが民族性によって定められてしまう空気があり、不自由な面がみえてくる。他者を意識することで自分たちを規定しており、こういった行為は主体的なものであるが、結果として外部から拘束されている状態に近い。

ここで留意しておきたいのは、トロントで生活している民族は移民の子孫であり、同じ民族でも祖国とは環境が違うという点だ。様々な国から移民がやってきて、それぞれが自分たちの文化を現在まで保っているというのはとても素晴らしいことである。しかし、その文化をそこで生活する人びとに適した形に変容させていくことが必要になってくるのではないだろうか。

インド系の学生は、「文化は単体で成り立つものではなく、他の文化と相互に影響しあって発展していくものだ」と語った。エスニックタウンによって文化的基盤は確立された。ここから文化を独自に発展させることでより多くの人びとが生活しやすくなるだろう。様々な国や地域からの移民、その子孫がカナダにはいるが、現在はみんなカナダ人である。伝統を重んじることは大切だが、縛られる必要はないだろう。同じ都市に異なる様々な文化的集団が存在するという特異な環境で、それぞれの文化がステレオタイプに縛られずに、トロントの人びとに適した形に発展していく未来を期待したい。