台湾SV

台湾における都市交通機関の位置づけと比較

石田 悠貴

はじめに

現代の台湾の都市部における交通の特徴的な点として、バイクの利用が非常に多い反面、MRT(Mass Rapid Transitの略、地下鉄を中心とした都市交通機関)などの都市公共交通機関の利用は低調であるという点が挙げられる。先行研究によると、台湾は一貫して公共交通の導入を主とした政策の方向性をとっていたものの、法整備や気候などの理由によりバイクが主な移動手段として広く普及したという1

しかし、台北市では1996年、高雄市では2008年にそれぞれMRTの最初の路線が営業を開始したのを皮切りに、都市部において公共交通の整備・拡張が続けられている。また、近年では、シェアサイクルなど、より環境負荷が低く利便性の高い新たな交通機関の導入も積極的に進められている。

こうした状況を背景に、本論では台湾都市部の新たな移動手段として発展を続ける公共交通機関はどのような役割を果たすのか、都市交通全般の状況はどのようなものかという点について、現地での実際の状況について整理する。また、その状況について統計でみたときにどういった特徴がみられるのかという点についても、前述の現地の状況と照らし合わせたうえでまとめる。そして、これらの結果を踏まえて、公共交通の利用状況の違いが鮮明に表れていた台北と高雄の2都市について、こうした差が生じた原因について考察したい。

1 現地の状況について

この章では、今回のSVで訪れた高雄市・台北市における交通の概況について、関連の分野も交えながら観察結果をまとめる。

〈高雄市〉

高雄市におけるMRTの最初の路線の開通は2008年であり、その後LRT(Light Rail Transitの略、次世代型の路面電車)は2015年に開通するなど、公共交通機関(MRT・LRT)が整備され始めてからそれほど年数が経っていない。そのせいもあってか、幹線道路を中心にバイクが特に多く走る印象を受けた。また、道路沿いの建物の軒先部分を屋根付きの歩道として供用する「騎楼」が街中に整備されており、バイクや自転車の駐輪場としての利用のみならず、飲食店の場合はそこに客席やレジを設けていたり、なかにはそこでバーベキューをしていたりするところもあるなど、それほど広くはないスペースを有効活用していた。また、違法ではあるものの一台のバイクに4人が乗る光景がかなり頻繁に見られ、バイクが大人数での移動の選択肢のひとつとして活用されているということを興味深く感じた。

路上の賑わいとは対照的に、MRTの駅では人気がなく、宿舎の最寄り駅である橙線の鹽埕埔駅は、朝夕ともにコンコースが閑散としていた。

文藻外語大において学生に話を聞いたところ「高雄市にはバイクに乗る文化が根付いており、MRTにそれが移行していくことはかなり難しいのではないか」とのことであり、長年にわたって浸透している文化・習慣をすぐに変えようとすることは簡単なことではないと感じた。

さらに、旧高雄港駅跡は、現役の貨物駅として使用されていた当時の資料や車両を展示する博物館である「旧打狗駅故事館」として整備されていた。また、駅の広大な操車場跡にはLRTの哈馬星駅が設けられ、さらに隣接する駁二芸術特区と一体となってアート作品の展示会場となっていた。かつての高雄市の鉄道交通の要衝であった場所が、現在では観光客や遠足の児童など多くの人々で賑わっていた。ここでは、旧高雄港駅の往年の雰囲気が色濃く残されている一方で、LRTや芸術特区の作品群など、現代の先進的なまちづくりの要素も見られた。特に高雄LRTは、低床式の車両の使用や駅間の架線をなくすなどしており、利便性や景観に配慮したものとなっていた。(写真1)。

台湾SV2019:

写真1 旧高雄港駅跡(LRT哈瑪星駅、旧打狗駅故事館)(筆者撮影)

〈台北市〉

一方、台北市では、多くの人がMRTを利用しており、宿舎の最寄り駅であった中山駅も、淡水信義線と松山新店線の乗換駅であるということもあり、多くの人でにぎわっていた。駅と直結といってもよいような位置に、百貨店の新光三越南西店があるなど、東京の繁華街とほとんど変わらないような街のつくりであった。

台北市も、高雄市同様騎楼は存在し、バイクが停めてあったり飲食店の客席スペースとして利用されていたりするところもあったものの、単に歩道の拡張部分としての利用に留まるところも多かった。バイク一辺倒というよりも自動車やバスの利用も決して少なくはなく、そのためにバイクに占有された騎楼はあまり多くはないという印象であった。

さらに、YouBikeというシェアサイクルが街中を多く走っていたことも台北市の特徴である。繁華街部分のみならず、国家図書館の周辺などの官公庁街でも見かけることがあり、広く利用されていることがうかがえた。

また、どちらの都市においても共通して感じたこととして、主にバイクの利用者が歩行者を待つという意識が希薄であるということが挙げられる。日本においては、大きな通りの交差点では、バイクであっても横断歩道を渡る歩行者の流れがひと段落してから通行することが一般的である。しかし、台北市・高雄市いずれにおいても、群をなす歩行者の隙間をすり抜けて右左折しようとするバイクが非常に多かった。このことも、バイクの数が多いという環境ならではの現象なのかもしれないと感じた。

台北市に滞在した際は、宿舎の場所が台北駅からそれほど遠くなく、人通りの多い繁華街と呼べるような場所であった。したがって、滞在地が中心地から幾分離れたところであった高雄市で観察したような場所とは条件が異なるため、単純な比較はできないことには十分留意する必要があるが、高雄市ではバイクの使用が、台北市ではMRTをはじめとした公共交通の利用が比較的盛んだという印象を受けた。

2 都市交通について具体的な比較と考察

本章では、台湾の特徴的な交通手段であるバイク(機車)について、政府統計をもとに、台北市・高雄市の二都市についてその所有・使用状況についてまとめ、そのうえでそれらのデータと前項で述べた現地の実際の状況とを踏まえ、なぜ台湾の都市においてはバイクの利用が多いのかという観点から二都市を比較考察する。

まずはバイクを日常的に通勤や通学で使用する人が、なぜバイクを選んだかを示したデータを下に示す。

機動性時間短縮公共交通
が不便
経済性駐車の
利便性
その他
台北市82.465.526.641.415.60.4
高雄市80.350.941.737.831.80.5
表1 通勤(通学)にバイクを使う理由(交通部統計査詢網「使用機車通勤(学)最主要原因-県市別」
(2018年現在、単位:%)
https://geostat.motc.gov.tw/dmz/statX/indexE.php?a=qx&role=&scode=e11&id=266805100&dim=2&ymf=92&ymt=107&measure=0&outkind=1&outmode=0&dim1=1&dim1=2&dim1=3&dim1=4&dim1=5&dim1=6&dim4=1100&dim4=5400 最終閲覧日:2019年12月2日 より筆者 作成)

これによると、機動性の高さと優れた経済性の面においてはどちらの都市もそれほど変わらない割合で理由として挙げる人がいる。一方、2都市で違いが顕著に出たのは「公共交通が不便」と「駐車の利便性」の二つで、どちらも高雄市において割合が高い。これらの背景としては、前項で述べた通り、高雄市ではMRTが開業して日が浅いということ、騎楼が台北市と比べて使い勝手が良いということが考えられる。

こうした日常的な使い勝手が如実に表れるのが、当局に登録されているバイクの台数である。政府による統計が掲載されていた直近30年間(1988年〜2018年)について、バイクと自家用車の登録台数の推移・比較をグラフにまとめたものが下の図1である。

台湾SV2019:◆◆◆

1 台北市・高雄市における自家用車とバイクの登記台数の推移と比較(単位:台)
(交通部統計査詢網「機動車両登記数案県市別分」(2018年現在)
https://stat.motc.gov.tw/mocdb/stmain.jsp?sys=220&ym=7700&ymt=10700&kind=21&type=9&funid=b330102&cycle=4&outmode=0&compmode=0&outkind=1&fldspc=6,1,11,1,21,1,&cod03=1&cod011=1&rdm=zipi7lyi 最終閲覧日 2019年12月26日 より 筆者作成)

このグラフによると、バイクの登録台数は一貫して高雄市のほうが多く、台北市のおよそ2倍にのぼることがわかる。また、台北市・高雄市ともに、全般的に緩やかな増加傾向にあるが、特に1994年以降の高雄市における増加が著しいことが見て取れる。

台北市においてMRTが開通したのが1996年であるが、これに伴うバイクの台数の減少は特にみられず、緩やかな増加傾向が続いている。一方、自家用車については、開通から2年後の1998年には早くも減少傾向を示し、その後もほぼ横ばいの状態で推移している。

また、高雄市におけるMRTの開業は2008年であるが、その4年後の2012年からバイク台数の減少が始まっているものの、ここ数年は再びわずかな増加に転じている。自家用車も、MRTの開業前後に少し弱まったものの、全体としては緩やかに増加し続けている傾向がみられる。

これらの結果から、MRTが開通してもそのこと自体はバイクが減ることにはつながっていないということがいえる。特に高雄市では、MRT・LRTが合わせて3路線営業しているとはいえ、表1でみたように多くの視点からの利便性を求めている市民が多く、自家用車も同様に増え続けていることから、必ずしもそのニーズを満たす段階にはまだ達していないということが考えられる。一方、台北市では、MRTが開業してから自家用車の登記台数は伸び悩みを見せている。このことから、従来は自家用車を利用していた市民層が、MRTが開業するとそちらに移行したと推測できる。

おわりに

台湾のなかでも台北市と高雄市という二つの大都市について、交通事情からみたその違いについてまとめた。台湾のなかでも位置的に離れた都市である台北市と高雄市は、その大きな違いとしてMRT・LRTの路線網の整備・利用の具合が挙げられるが、それがバイクを利用する理由を分ける大きな要因となっているということがわかった。また、台北市においては自家用車との関連もみられたことは興味深い点であった。今後の課題としては、MRT・LRTが発達し続けているにもかかわらずバイクの台数が増えているという現象や、観光との連関についてといった点について調べ掘り下げていければと考えている。

1高瑞禎・釜池光夫「台湾におけるスクーター利用実態調査と普及要因の考察」『デザイン学研究』51(1)号、2004年。

参考文献
  • 『地球の歩き方』編集室『地球の歩き方 D10 台湾 2019〜2020年版』ダイヤモンド社、2019年。
  • 「YouBike 微笑単車」https://www.youbike.com.tw/intro.html(最終閲覧日:2020年1月16日)