オーストリアSV

オーストリアのインスタ映え

大久保 咲菜
教育人間科学部 人間文化課程 2年

1. 調査目的 : 切り取られる、誇張される観光地を調べる

日本で最近注目されている「インスタ映え」という概念、これはオーストリアでも成り立つのかという点に疑問を抱いた。「インスタ映え」として注目される観光地はなにかしらの大きなギャップを持っていると考え、いくつかの観光地のギャップを調べることで「インスタ映え」がウィーンでも通用したのかを調べた。

2. 事前情報 : 「インスタ映え」とは何か

「インスタ映え」とは簡単に言えば、Instagram上で映えるようなお洒落で目を引く写真を撮ることである。似たような言葉に「フォトジェニック」といったものもある。「インスタ映え」の特徴として、写真に収められる場所、ものが視覚的に目立っていてお洒落に見えれば有名な場所、ものである必要はない、という点が挙げられる。ただ有名である必要がない分、そのものには視覚的なインパクトが求められる。

例えば、愛知の三光稲荷神社、京都の八坂庚申堂、埼玉の川越氷川神社といった神社は特に最近「インスタ映え」する神社として注目されている。これらは神社そのものの機能というより、ピンクの絵馬、カラフルな布袋、可愛らしい鯛のおみくじといった女子向けの視覚要素が話題になっている。元々は厳かで神聖な雰囲気をまとっていたはずの神社が、俗的なにぎやかさを取り込んでおりそこには一つのギャップが生まれているように思う。そういったギャップこそが「インスタ映え」向けの観光地の特徴だと感じ、1.で述べたようにウィーンではギャップを持つ観光地を調べようと考えた。

3. 主に調査を行った場所

①国立図書館 プルンクザール
18世紀前半にバロック建築の巨匠フォン・エアラッハ親子によって建設された、かつての王宮図書館。現在は7ユーロ(学生は4.5ユーロ)で大理石と天井画による豪華なホールを見学できる。

②エンゲル薬局
16世紀に創業された薬局で、1902年にユーゲントシュティールにより改装され美しい天使像が外壁に描かれている。

③マンツ書店
アドルフ・ロースによって建てられた書店で現在も営業が行われている。

④国会議事堂
1883年に完成したテオフィル・フォン・ハンセンの代表作。ギリシアの古典様式が用いられ、神殿のような外見が目を引く。内部はガイドツアーも行われている。

⑤市庁舎
1872〜1873年にフランツ・フォン・シュミットが建設したネオゴシック様式の建物。市庁舎前の広場ではフィルムコンサート・フェスティバルやクリスマスマーケットといったイベントが行われている。

⑥郵便貯金局
ウィーンの世紀末を代表する建築家であるオットー・ヴァーグナー作の建物。モダンデザインの先駆的建築である。

⑦カールスプラッツ駅
オットー・ヴァーグナー作の駅舎。二つ似たような駅舎が並び、片方はヴァーグナー展示室となっている。

⑧マヨリカハウス
1898〜1899年のオットー・ヴァーグナー作の集合住宅。薔薇の花模様が外壁に描かれている。現在も一般住居のままなので内部の見学はできない。

⑨ゴミ処理場
フンデルトヴァッサーによって手がけられたゴミ焼却場。

⑩フンデルトヴァッサーハウス
1986年にフンデルトヴァッサーによって建てられた公共住宅。カラフルな色彩の建物はウィーンの街並みの中でインパクトが強い。建物内部の見学はできない。

⑪クンストハウスウィーン
フンデルトヴァッサーにより設計された美術館。独特の見た目は外観だけでなく、内部まで続いている。中はフンデルトヴァッサーの常設展示や特別展示用のスペース、カフェ等がある。

4. フィールドワークから気づいたこと

(1) ウィーンの観光地は日本の観光地に比べ、周りの景色とのギャップが小さい

日本には住宅地やビル街の中に突然現れる観光地も多い。例えば、自由が丘のラ・ヴィータは住宅地の中にあるヴェネツィアをイメージした観光スポットである。ただ、住宅地の中にあるため、正門向かいに日本家屋があるなど周りとのギャップが大きく、浮いている。ただ、“浮いている”というのはただマイナスな印象だけではなく、観光地のインパクトを強めている。

一方、ウィーンの観光スポットは周りの住宅やホテルといった建物とそこまで違いがないものが多かった。その例の一つに⑥の郵便貯金局が挙げられる。

オーストリアSV2017:郵便貯金局

郵便貯金局

多くの観光雑誌でモダンデザインの美しさから取り上げられているものの、実際には周囲の建物と同化していた。勿論、郵便貯金局の前で写真を撮ればそれなりにウィーンらしい写真が撮れる。しかし、必ずしもそこでなくともいいのではないかと思ってしまうほどには個性が足りない。周りとギャップが少ないのだ。私達日本人が西洋の風景に触れたときにどれもが新鮮で全て似たように見えてしまうということもあるとは思うが、郵便貯金局特有の周りとのギャップは見られなかった。

ただ、これはウィーン全体が一つの「観光地」として均一したものとして作り上げられているためにそう感じるのではないかと思った。日本の観光地はいくつかの観光スポットがより集められて作られることが多いが、ウィーンは観光スポットが整頓された街並みを作り上げる一要素でしかないのではないかと感じた。ここから考えると、ウィーンの観光スポットは「インスタ映え」向けではないと思われる。

(2) ウィーンの「インスタ映え」的スポットは少ないが存在はする

ウィーンに「インスタ映え」的な観光スポットが一つもなかったわけではない。
特に⑨〜⑪のフンデルトヴァッサーの作品は、私達の想像する“音楽の溢れる優雅なウィーンの街並み”とはかけ離れた、奇抜でポップな外観をしていた。

オーストリアSV2017:クンストハウスウィーン

クンストハウスウィーン

また、ナッシュマルクトという市場にあった壁の落書きも日本の壁で見かけるよりもさらにおしゃれなものが多く、目を引いた。日本で「インスタ映え」として取り上げられる写真でおしゃれ中部が使われることは多いが、ナッシュマルクトの壁は似たようなものだと感じられた。実際にスタディーツアーに行った人たちもこの壁の前で写真を撮っていた。

オーストリアSV2017:ナッシュマルクトの壁

ナッシュマルクトの壁

(3) 観光雑誌での取り上げられ方とのギャップがあった

観光スポットがあったこのような印象を感じた観光スポットは、主に②エンゲル薬局、③マンツ書店、⑥郵便貯金局である。これらは有名建築家の作品ということで観光雑誌に取り上げられている。

しかしこれらの建物はいまだに一般市民が日常的に多く利用する場所であるという側面も持つ。そのため観光雑誌で取り上げられているほど荘厳な見た目であるかというとそういうわけではない。どちらかといえば市民達も気軽に使える親しみやすい建物を目指されている。

観光地を売り出す観光雑誌側と観光スポット側の考えにギャップがあり、それが私達情報の受信者まで伝わってきているのだと考えられる。今挙げたスタディーツアーで見た観光スポットでは観光雑誌側はその場所を目立つ観光地として取り上げたい一方で、スポット自体は市民に使ってもらえるような施設でありたいと願っている。その建物を建てた建築家達もおそらく後者の意図を持って作ったはずだ。このような観光雑誌による観光地の誇張を見てから訪れた観光客は、そのギャップから観光地を思ったより地味だったと感じてしまう恐れがあると感じた。

このギャップは観光雑誌だけでなくInstagramやTwitterのような一般人でも発信できるSNSによっても生まれる。現在ではSNSが発展し、より切り取りや誇張が加えられることで、観光地のイメージのハードルがだんだんと高くなっているのだろう。

5. まとめ

日本で今特に「インスタ映え」として注目を集めている観光地は周りとの異質感ゆえに人気を得ている。ギャップを持つことで視覚的なインパクトが強まり、写真に収めても迫力がある。こういった観光地は細かい情報やその場所についての歴史等を観光客が知っている必要はなく、ただ見るだけでその場所を楽しむことができる。

一方でウィーンの観光地では、主にトラム内のウィーンの中心地では一貫した“ウィーンらしさ”が成立しており、一つ一つの観光スポットごとにギャップがあることは少ない。そのため一見視覚的な価値がありそうな観光スポットでも、実際にはその他の情報が加わったことで観光としての価値が生まれていることが多い。そういった情報がなければ周りの景色にその観光スポットが埋もれてしまうだろう。

つまり、ウィーンは「インスタ映え」が通用しにくい観光地だと言える。おしゃれな写真が撮れないということではないがその場所ならではのプレミア感は薄いというのが印象である。日本人はもともと西洋に憧れを抱きがちで、日本での「インスタ映え」といわれる写真には外国の街並みを装ったものが多くあったため、ウィーンでもそのような場所が人気かと予想していたがそれは間違いであった。ウィーンが均一な街並みである以上、ウィーンで「インスタ映え」する場所は“ウィーンらしくない”場所である。つまりそこは日本人が「インスタ映え」として求めている西洋感とは離れた場所なのである。

今回のスタディーツアーを通じて、そもそも「インスタ映え」は現代の日本人のみが囚われている特殊な概念なのだと改めて感じた。「インスタ映え」は非常に主観的であるために、「インスタ映え」という概念は観光地側からの発信ではなく観光客が半分無理やり観光地と結び付け発信するものになりがちである。そのためそれなりのテーマ感が定まった観光地(例:ウィーン…西洋、音楽、ハプスブルク家)ではギャップを持つ「インスタ映え」な観光地は異端になりすぎてしまい注目されにくいと思った。一貫したテーマや知識なしで楽しめる観光地も必要だが、視覚要素ばかりを求め、その需要に対してのみ供給される観光はもったいない点が多いように感じる。今後の調査では、日本人はいったい何に囚われて「インスタ映え」を求め続けているのか、その特異性を調べていきたいと考えている。