カナダSV

Port-la-Joye(喜びの港)―Fort Amherst(アマースト城砦)

田島ちえみ
人間文化課程 3年

18世紀以降のフランスとイギリスによる植民地時代を経て、現在のカナダは形成された。カナダには今でもその当時の様子が覗える遺跡が数多く存在している。私たちは、その中のひとつであるPort-la-Joye(喜びの港)―Fort Amherst(アマースト城砦)を訪れた。ここは、フランス人入植者がカナダを植民地化するにあたって初めて足を踏み入れた地である。ここでPort-la-Joye(喜びの港)―Fort Amherst(アマースト城砦)について大まかな概要を紹介したい。

1720年、約300人ものフランス人入植者を乗せた3隻の船が、サンジャン島(現在のプリンス・エドワード島)の南岸に上陸した。彼らが入植したこの港こそがPort-la-Joye(喜びの港)である。彼らはここにフランス軍の前哨基地を築いた。この港は大きく、防衛しやすい特徴を持っていたため、首府として理想的な場所であった。ある者(入植者)はPort-la-Joye付近に暮らし、村を形成した。また、ある者(入植者)は島内の別の場所へ移動し、そこで暮らし始めた。

プリンス・エドワード島には元々、先住民族である「ミクマク(Mi’kmaq)」が暮らしていた。彼らは、フランス人入植者たちと親密な関係を築いたり、フランス政府と同盟を結ぶなどして、入植者たちが新しい環境に適応できるよう手助けをした。フランスの植民地時代には毎年、ミクマクとフランス人の重要な式典がPort-la-Joyeで行われた。その集会では、スピーチや宴会、贈り物の贈呈が行われた。

1758年、フランスがイギリスとの戦に負け、サンジャン島はイギリスの植民地となり、島の名称もセントジョン島に改められた。イギリス軍はサンジャン島に暮らしていたフランス人およびアカディア人に対して国外追放を命じた。イギリス軍の大佐は、サンジャン島に住んでいた約4,350人のフランス人とアカディア人の追放を試みた。しかし、追放のためにPort-la-Joyeへ集められたフランス人とアカディア人は約3,000人で、残りの多くの者たちはミクマクの力を借りて追放から逃れたとされている。追放された者たちの多くは、病気や遭難により本国へ帰れぬまま亡くなったといわれている。

セントジョン島を植民地化したイギリス人は、城砦の建設に取り掛かった。その城砦はPort-la-Joyeに存在したフランス軍基地の近くに作られた。その砦こそがFort Amherst(アマースト城砦)である。1768年、首府がPort-la-JoyeからCharlottetownに移ると、イギリス軍の基地もFort AmherstからFort Edwardに変わった。これにより、Fort Amherstは放置され、現在は土塁だけが残っている。

記念碑

記念碑

堀の様子(城砦跡)

堀の様子(城砦跡)

現在は土塁しか残っていないため、前哨基地や城砦としての役割を担っていた強靭な当時の様子を覗い知ることは出来なかった。しかし、説明パネルに載っていた当時の城砦をイメージしたイラストにより創造を膨らませることが出来た。遺跡は一面草花に覆われ、「喜びの港」という名前にふさわしく、華やかな印象を受けた。現在この場所は、遺跡としてだけでなく、散歩道やピクニック場として地元の人々に憩いの場を提供している。

花畑の様子

花畑の様子

植民地時代を思わせる剣

植民地時代を思わせる剣

Port-la-Joye — Fort Amherst

TAJIMA, Chiemi

We visited “Port-la-Joye—Fort Amherst”. This is the first harbour at which French people landed to colonialize North America. About 300 people came to here by 3 ships in 1720. They began to construct an outpost here. The harbour is large and easy to defend, so it is an ideal place to construct it. Some settlers lived around Port-la-Joye and others lived in different parts of the island.

An aborigine people called “Mi’kmaq” have lived in the Island. They built a good relationship with the French settlers and helped them adapt to living in new environment. Mi’kmaq and the French held a ceremony at Port-la-Joye every year. They enjoyed speeches, feasts and gift-giving.

In 1758, France was defeated by New England in a war and the British took possessions of Isle Saint-Jean. Since then, Isle of Saint-Jean called St.John’s Island. The British began to construct a fort near Port-la-Joye. It is called “Fort Amherst”.

We can see only earthworks now, because the fort was abandoned. A lot of beautiful flowers were blooming here. I heard that local people enjoy walking and having a picnic.