アメリカSV

〈大きな歴史〉を考え直す—サンフランシスコで出会った歴史の生き証人

田村ちひろ

「戦後日本」とはどのような時代であるのだろうか。このことを考えるうえでアメリカの存在を欠かすことはできない。敗戦国である日本と戦勝国であるアメリカ。日本は戦後、政治・経済・文化などあらゆる面でアメリカから多大な影響を受けてきたことは確かであり、日本にとってアメリカは、またアメリカにとっての日本もであるが、「国」という単位で考えたときに大きな意味を持つ。そして私たちの知る「戦後日本」は主にその「国」という単位で考えられた歴史で構成されている。しかしその様な〈大きな歴史〉の中には、それぞれに違う、多様な経験を持つ〈個人〉の存在があるということを忘れてはならない。

サンフランシスコに「KIMOCHI HOME*7」という日系人を対象とした高齢者施設がある。ここを訪問し、何人かの利用者の方からお話を伺うことができた。そしてここにはまさしく大きな歴史の中でたくましく生きてきた〈個人〉が生活していた。
利用者のチヨさんは1918年に熊本で生まれ戦後アメリカへ渡った新1世である。戦後、米軍キャンプ内の「PX」と呼ばれる売店で働いていたときに知り合ったアメリカ兵から熱烈なアプローチを受け結婚。アメリカ人であるご主人は日本に定住するため日本人への帰化を申し出てくれたが、それはかわいそうだと渡米を決意した。渡米前の心境として「帝国の女だから排斥されるのでは」という思いがあったが、実際には日本人ということで非常に珍しがられたものの近所の人々は受け入れてくれた、しかし同じ境遇であった友人はアメリカ人から排斥され帰国する羽目になったので自分はラッキーだった、ということを繰り返し語ってくれた。
単に「支配(米国)━被支配(日本)」という構図で捉えられがちな占領期において、戦勝国であるアメリカの兵士が日本女性のために帰化まで申し出たというチヨさんのライフストーリーの一部は、そのような二項対立的な歴史像に疑問を投げかける。戦後日本は私たちが考えている以上に複雑で、多様な要素が混在しているのではないか。そしてこのような経験を持つ人々が、誰に知られることもなくサンフランシスコの高齢者施設で生活しているという事実に、私は素直に驚いた。

大枠を捉えることはその時代を俯瞰するのに有効ではあるが、どこか他人事のような味気ない歴史像を作り上げてしまう。そしてその歴史像を受容してきた現代日本は今、個人と国家が遊離した、どこか噛み合わぬ社会であるように思える。「戦後日本」を捉えなおすことは「現代日本」を考えなおすことであると言っても過言ではない。〈大きな歴史〉の中で私たちが目を向けてこなかった〈個人〉に焦点を当て「戦後日本」の歴史像を再構築することは、単なる歴史の再認識ではなく、現代を生きる私たちが新たな道を切り開くための重要な作業である。

注釈
  • *7 キモチホーム サンフランシスコにある日系人高齢者を対象とした介護老人ホームであり、施設への送り迎えや健康的なエイジングケア、消費者教育セミナーなど多様なサービスが行われている。