フィリピンSV

愚者は経験に学ぶ

矢野智史
人間文化課程 2年

フィリピンSVではパヤタス*16のゴミ山やフィリピンで活動するNGOなど様々な場所を訪れたくさんの人との出会いがあったが、その中でも私が強く胸をうたれた場面がある。それはホームステイ先での朝の出来事である。ホームステイ先の家庭は決して裕福と呼べるものではなかったがそれでも私たちを暖かく迎えてくれ、楽しいひと時を過ごすことができた。別れを前に感傷的な気分になりながら用意してもらった朝食を食べているとホストマザーがあるSNSの連絡先を私たちに教えてくれ、「この地区は(フィリピンSVを企画し引率してくださった)小ケ谷先生が学生時代にホームステイしていた場所で、彼女も私たちもお互いのことを忘れず今もこうして交流を続けている。あなた達も、もしまたフィリピンに来る機会があったら遠慮なくこの家を訪ねてきてほしい。この出会いは私たちにとってとても大切なことだ。」と仰ってくれた。

私と彼女たちが生きている環境には大きな隔たりがある。経済的な格差や積み重ねられた文化、それらがもたらす意識や感覚の違い、私たちを隔てる壁は高く大きいように思える。しかし、どれだけ隔たりがあろうとも人はお互いを大切に思い合うことができるのだと感じ、また私が講義や書物を通して得たフィリピンの知識や問題、そこから想起されるイメージなどがいかに浅薄なものであったかを思い知った。

どれだけ豊富な知識を持っていてもリアルな感覚や経験なくしてはその本質を見抜き、芯から理解することはできない。知識や情報、それ単体だけでは役に立たないとは言わないまでも独り善がりなものになってしまう。そこに生きている人々と触れ合うことで知識や情報はリアルな感覚や経験に肉付けされることではじめて活きた知識となって自分の中に溶け込んでいくのだ。

我々は情報化社会の中で膨大な情報をパソコンやテレビの画面を通して得ている。それではイメージばかりが先行し、独善的な意見を蔓延させてしまう。我々にいま必要なのはリアルな感覚や経験なのではないだろうか。リアルな感覚は自然な理解を導き、リアルな経験は知識に厚みと深みを加えてくれる。学生がいかに講義や書物を通して知識を得ることができても、自分の生きている日常に埋没していては活きた知識、真の理解にはつながらない。このSVは日常では得ることのできなかった経験をするきっかけになる。しかしそれもきっかけに過ぎない。SVを通してどんな経験をするか、何を感じるか、どう自分の中に消化し知識に肉付けしていくか、それは参加した各々が自分と向き合いながら考えていくことだ。私はSVを通して知識や情報の向こう側にいる、生きた「人」を強く意識するようになった。それは独善的な解釈や理解を防ぐ役割を果たしているのだと思う。

最後に、小ケ谷先生とフィリピンの人々とのつながりがSVに参加した私たちにつながったように、SVの大きな意義の一つは人と人とのつながりの輪がSVを通してさらに広がっていくことだと思う。フィリピンで見た無数の笑顔と気取らない優しさを思い返しながら、たくさんの良い経験ができるフィリピンSVに参加する学生が増えることを願いこの文章を締めたいと思う。

終わりに

本SVは多くの方々の協力の上に成り立っています。フィリピン側の受け入れ代表者であり、私たちに良い経験ができるよう温かい心配りをしてくださったマム・ジーナことフィリピン大学ディリマン校国際研究センター教授ジーナ・ウマリ先生。フィリピン滞在中、常に私たちに寄り添ってくれたフィリピン大学国際研究センターの学生の皆さん。また、DAWNをはじめお忙しい中、私たちの見学を快く受け入れてくださった、カンルンガン、ソルトパヤタス、Lupang Pangako Elementary School 、JICAフィリピン、エコミスモ、ロラズハウス等の諸団体、機関の皆様。ホームステイの際にお世話になったマリキナ地区のホストファミリーの皆様。そしてなによりもフィリピンSVというかけがえのない経験を得られる機会を用意してくださり、SVの企画から引率まで親身にご指導いただいた横浜国立大学准教授小ケ谷千穂先生。皆様のご尽力によりフィリピンSVはたいへん実りあるものになりました。貴重な経験をさせてくださった皆様に感謝を込めて。

注釈
  • *16 パヤタス ケソン市北東部に位置する地区。マニラ首都圏のゴミが捨てられる廃棄物処分場が有り、毎日膨大な廃棄物が分別なしに集められ巨大なゴミ山が形成されるに至った。日々積み重ねられていく廃棄物によってゴミ山はどんどん巨大化し、2000年にはついにゴミ山の崩落事故が発生した。500軒のバラックが下敷きとなり公式に確認された犠牲者は234人、実際には800人とも言われる犠牲者を出した。事故を受けた政府は廃棄物処分場の閉鎖を決定したが、崩壊したゴミ山の近くに新たな廃棄物処理場を作り、パヤタスの第二のゴミ山として巨大化し続けている。フィリピンには廃棄物焼却場が存在しない。 ゴミ山の写真撮影は禁じられていた。